セルPADS-1013
レンタルPADR-1013
DOGLEGS
本気で向かってきなよ。本気で応えるから。
これは障害者プロレスの映画ではない、生涯プロレス者の映画だ!
ニュージーランド人監督が5年間追いかけた障害者プロレス団体「ドッグレッグス」。ハードヒット&ハートフルな戦いがここに−
●セルのみ特典映像:未公開シーン映像各種
●セル・レンタル共通映像特典:オリジナル劇場予告編(日本語版・英語版)
■予告編はコチラ こちら
■25年以上の歴史の中で、障害者と健常者が入り乱れたソウルフルなプロレスを繰り広げてきた障害者プロレス団体「ドッグレッグス」。聾唖VS盲目、身体障害者VS精神障害者、障害者VS介護者、時には女装癖がある重度の障害者(兼重度のアル中患者)が頑強な妻と息子からリングの上でボコボコにされることもある。リングの上では障害の有無・程度を問わず、ハードヒットな試合が繰り広げられてきた。そんな「ドッグレッグス」にニュージーランド監督ヒース・カズンズが密着し5年の歳月をかけて作り上げたドキュメンタリー映画が遂に初DVD化。興奮、混乱、喜び、激励、批判などが思考と感情の迷路をさまよい、脳がフル稼働し、最後には心が激しく突き動かされる傑作。また、彼らを一線級のレスラーに映し出すカメラワークも特筆もの。
■本作『DOGLEGS』は、25年の歴史を誇る障害者プロレス団体「ドッグレッグス」の活動と、清掃員として働きながらスター選手として輝く矢野慎太郎=サンボ慎太郎や彼を取り巻く仲間たちの、笑いあり涙ありの日常を追い、5年の歳月をかけて作り上げたドキュメンタリーです。20 周年記念試合での 2 大スターの引退を賭けた世紀の一戦など、障害者と健常者が入り乱れて参加するアンダーグラウンドな障害者プロレスを通し、障害を持つ人が“障害者”という枠組みにとらわれずに一人の人間として自己表現する姿を描いていきます。“障害”とは何か?誰が決めるのか?自由に、お互い愛し合って生きるということの意味とは何か?本作が長編ドキュメンタリー初監督作となるヒース・カズンズのそんな問いかけが、私たちを直撃します。
★2015 年 9 月 国際映画祭「Fantastic Fest」(アメリカ・オースティン)ドキュメンタリー部門・最優秀監督賞
★私にはレスラーが「オレたちを見ろ!」と叫んでいるようにも見えた。そして、「お前自身を見ろ!」とも。「障害」とは?それを決めるのは誰なのか?挑戦されているのはわたしたちである(監督:ヒース・カズンズの言葉)
【障害者プロレスとは】
1991年、障害者のボランティアセンター(東京・世田谷区)−障害者のボランティア活動をしていた一人の女性に惚れた脳性麻痺の男二人。彼等はあの手この手で彼女にアピールしたが、その求愛行動があまりに激しすぎたせいだろうか、しばらく経つと彼女はノイローゼとなり仕事を辞めてしまった。お前のせいだと、お互いを激しく非難する二人。さらに周囲に煽られ、口喧嘩は殴り合いに発展する。しかし、ここで不思議な現象が生じた。怒りに任せ、転げ回りながらお互いを威嚇し攻撃する二人。眼力は鋭く、ぜえぜえと吐く息は生命力に満ちている。障害者同士、脳性麻痺者同士の喧嘩とはいえ、その光景には見るものの本能を呼び起こす何かがあった。それを眺めていた、後の「アンチテーゼ」北島こと、ドッグレッグス代表北島行徳はふと、こう洩らす。「これだ、このプロレスを人に見せよう。障害者が体を人前にさらし、命がけで闘う。それは、障害者について思考停止状態になっている健常者たちにとって、理解し難い衝撃を与えるはずだ。障害者プロレスなら、固定化された障害者やボランティアのイメージを揺り動かすことができるかもしれない。」
この一声が、ドッグレッグスの産声となった。階級は体重の重さではなく、障害の重さによってヘビー級(立って闘う階級)、スーパーヘビー級(座位または膝ひざ立ちで闘う階級)、ミラクルヘビー級(スーパーヘビー級よりも障がいの状態が重い選手が闘う階級)、無差別級(障がい者、健常者を問わず膝立ちで闘う階級)と分けられている。そこで行われる戦いは知的障害者VS身体障害者。障害者VS健常者。女装癖のあるアル中障害者VSその息子。彼等の試合は、いわゆる普通の試合ではない。しかし、見るものに普通では得難い感動を与えてくれることは確かだ。
【著名人コメント】
◎「誰かのために戦うとき、人は本物の勇者になる。本当に強いのは、こちら側の人間ではない。この映画で戦う彼らこそ本物の勇者だ。」増田俊也(作家/「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」)
◎「東スポは彼らにプロレス大賞あげなきゃだめだよ!プロレス女子名乗る総ての女子に観て欲しい!これが!これも!プロレスなのよ!」玉袋筋太郎(全日本スナック連盟会長)
◎「この世は圧倒的に健常者社会だ。そしてそれは彼らにとって巨大だ。だからこそ激が飛ぶ。負けるな、ひるむな、負け犬になるな、と。」原一男(映画監督/「ゆきゆきて、神軍」)
◎「うまい役者たちの自然な芝居を観るようなドキュメント。それにしても今どきマウントありの格闘プロレスをやるドッグレッグスのガラパゴス状態はすごい。」大槻ケンヂ(ミュージシャン/筋肉少女帯)
◎「優れたドキュメンタリー映画は世界観を変えるだけで終わらない。自分に対する見方を変えるのだ。それが『DOGLEGS』。大胆不敵で、挑発的で、 深く考えさせる。あなたを予想外に感動させる作品だ。」リチャード・ウィテカー(オースティンクロニクル)
◎「『DOGLEGS』は、私がこれまでに経験したことがないぐらいの共感と慈愛に溢れていた。私はこの映画祭(Fantastic Fest)で素晴らしい作品をたくさん見たが、間違いなく一番好きだったのは、私を完全に打ちのめした『DOGLEGS』だ。」ジェイソン・ラピエール(映画監督)
◎「この映画はすぐにあなたを強く抱きしめ、何故彼らは闘うのか、何故私たちがその是非を問うてはいけないのかということを、今まで考えてすらいなかったと気づいた瞬間にだけ解放してくれる。偉大な映画である。」マルドゥーン(エイント・イット・クール・ニュース)
◎「『DOGLEGS』はあなたの価値観を必ず揺さぶる」杉本穂高 (ハフィント・ンポスト)
【STAFF&CAST】
監督・撮影・編集:ヒース・カズンズ/音楽:ショーン・クラウンオーバー/エグゼクティブプロデューサー:スティーブン・ヒギンズ、ジョン・ウッドン/ 制作:Invincible Heart、StoryBox Films、Noka Films 協力:ドッグレッグス
DVDベーシックデザイン(パッケージ):大橋祐介"
出演:サンボ慎太郎、アンチテーゼ北島、愛人(ラマン)、ミセス愛人(ミセスラマン)、中嶋有木、「ドッグレッグス」レスラー 他
推薦コメント〉
あの男は満員の痴漢電車の乗客だった。車内エキストラのくせに「この後、撮影をを見学してもいいですか?」と終日撮影にまとわりつき、いつの間にか獅子プロにもぐり込んでいた。普段はマジメで寡黙・が・酒が入ると訳のわからぬ大法螺吹きに大変身、失敗多数。つくづくアウトプット下手なれど、思いを打ちまけたデビュー作で見事に意気衝天!
観る側にもエネルギーを求める佐藤寿保映画の初号試写で感心したことを思い出した。
滝田洋二郎(映画監督)
20才代の頃、佐藤寿保さんの映画の助監督をつとめた。ツラかったが、なぜか嫌な思い出じゃない。どちらかというと自慢したい。佐藤寿保さんは変わらない。「止まっているってことと、変わらないってことは違うんだ」寿保さんのことを考えるといつも故PANTAさんの言葉を思い出す。羨ましいと思う。その原点である映画が新たに陽の目を見る。祝福です!
瀬々敬久(映画監督)
ピンク映画はセックスではなく不能と鬱屈を描くものであり、鬱屈と暴力は若者の特権だ。『激愛!ロリータ密猟』の誰よりも深い絶望は、いまなお我らの胸をかきむしる。
柳下毅一郎(映画評論家/翻訳家)
嫌な気持ちにさせてくれるディテール。しかし気づくとスッキリさせてくれる。ざっくりと言えば「ヒドイ」映画なのだが、この『激愛!ロリー密猟』の場合それが最上級の褒め言葉にいつしか化けてしまう、とにかくヒドイ映画。必見!
根本敬(特殊漫画家)
この映画を観て映画制作を志したと云っても過言ではない名作中の名作。
小林良二(映画プロデューサー)
コンプラ遵守、ジェンダー平等、ハードコア・ポリコレな21世紀の現代に、時空の裂け目が生じ、20世紀の闇から堕ちてきたピンク色の歪な残像!!!!! こんな奇想の封印を解くなんて、不適切にもほどがある!!!!!!!
宇川直宏(“現在”美術家/DOMMUNE主宰)
陰鬱とした狂気が棲む地下の部屋。新宿の強烈な眩しさ。赤いハイヒールに流れる血。シャッターを切り自ら脱ぐ伊藤清美さんに全身をぶち抜かれた。この作品を見たばっかりに、佐藤寿保作品を求めいまだ亡霊のように彷徨い続けている。
遠藤倫子 (映画zine ORGARM発行人)
私には「死んだら棺桶に入れるものリスト」がある。
そこにこの映画のタイトルを記す夢が叶った。
だからもう、いつ死んでもいい。
シブヤメグミ (バー浮かぶ・二代目店主)
淫乱と暴力と初期衝動!
ノイズやパンク、ロックに造詣が深いところにも衝撃を受けました。
そんな寿保監督のデビュー作が家で観られるなんて!
中原昌也(ミュージシャン/文筆家/映画評論家)
孤独で混乱した精神の前に、無邪気な人々が行き交う雑踏のどれほど残酷なことか。1985年、バブル直前の新宿に、決して救われ得ない2つの魂が交錯するとき、血と淫欲が〈イノセンス〉を塗り潰す! 身を立て! 名をあげ! やよ励めよ! 真の解放はいつも、血まみれのイニシエーションの先にしか残されていないのだから。
髙橋ヨシキ(アートディレクター/映画評論家/サタニスト)
私が20歳だった頃の新宿が舞台。毎日のように新宿にいた頃。観ているうちに当時の頭の中をのぞいているような気分になった。不安と根拠のない自信のカオス。ラスト近くのヒロインが不思議な美しさだった。
古市コータロー(ミュージシャン)
かつてピンク映画館なるものが街中にあった頃、青少年たちは自分の内に秘めた性衝動を、暴力を、妄想を、青暗いスクリーンの中に投影させていた。
じっとり湿ったシートを、男女のまぐわいを照らし出すぼんやりとした映写機の明かりを、そのやりきれなさを。
すべて爆発させるために、パンクするしかなかった。
映画館を、新宿を、狂った触覚がパンクする。
松永天馬(ミュージシャン アーバンギャルド/松永天馬のA研!)
薄暗闇が終始美しい映画だった。裸電球と炬燵の光に晒される素肌と陰影。ココロとカラダを温めあうのが下手くそ過ぎる悲しい人間たち。誰もいない夜明けの新宿通りのカットはハタチの時の自分の視線ではないかと錯覚した。
宙也(ミュージシャン アレルギー/De-LAX/LOOPUS)
デビュー作にして、すでに寿保度数120%の傑作! 瑞々しいボーイミーツガールの物語を、問答無用の過激な暴力と流れ落ちる血の鮮烈さが彩る。ゲリラ撮影の80年代新宿の、人が溢れながらも冷ややかな光景が最高!
真魚八重子(映画評論家)